第1回 対談|太田 耕司 氏

荒木 泰晴
株式会社 エンベックスエデュケーション | 代表取締役

太田 耕司
元 千代田区立 神田一橋中学校 | 校長

エンベックスエデュケーションが神田一橋中学校の課外授業
KHCS(神田一橋カルチャースクール)で
10月から全10回のプログラミング講座を行うことになりました

エンベックスエデュケーションは、社会人特に新人社員向けIT研修で全国最大規模の受講者を誇る企業です。
近年 企業が新入社員に、よりソフトウェア開発経験やプログラミング思考を求める傾向が強くなっている中、学生側は、理系離れが進みプログラミング思考に関心のない世代が増えている現状が見受けられます。そのためもっと早い段階、若い世代からIT業界の面白さや魅力を伝え、プログラミングに触れさせることが日本の産業の為にも必要と考えておりました。これまで幾つかの小学生や中学生、高校生、大学生とのITトレーニングにかかわって参りましたが、今回、ICT教育の先端を行く神田一橋中学校様から放課後の課外授業のお話をいただき、当社の今までのノウハウを生かして、より実践的なプログラミング講座にチャレンジさせていただくことになりました。

子供達はたぶんひとつの答えだけを探し求めてしまう。
それは弱さでもある。

太田: 面白い話を思い出しました。以前移動教室の際、担任がバスの中で生徒にクイズを出しました。
「ある人がA地点から南に10km歩いた。そして東に10km歩き、北に10km歩いた。そしたら元の位置に戻ってしまいました。さて、ここはどこでしょう?」
生徒たちは「わかんない」「山があった?!」とか、いろいろ回答をだすのですが、北極点ということがわからない。北極点から南に10km東に10km北に10km歩いたら北極点に戻るという、そういう感覚が子どもたちはなかなかわからない。3分くらいたったら、「先生もうわからない、先生もう答えおしえて」となる。その教員は偉く、30分くらい子どもたちに考えさせた。移動教室の行きのバスの中で30分、その1問だけですごく盛り上がった。
この例に代表されるように、子どもってすぐに答えを求めたがる。考えるってことをしない、ということがすごくある。
荒木: なるほど、プログラミングも答えがないとすぐ止りますね。
太田: ICTの弱いところはその辺りだと思う。ICTを使うとすぐ答えが見つかっちゃう。一つの答えがポッと出てきちゃう。でもその過程というか、周辺が見えてこない。だから紙の辞書を使わせたほうがいいかなと思ったりする。電子辞書だと、その言葉の情報はすぐ出てくるけど、それに類する言葉、近くの言葉、へーこういう言葉あるんだってという幅が広がらない。
ICTは、もちろんすごい情報量を持っているんだけれども、答えがポツンと一つ出てくる感じ。紙の辞書だと、広げたページでいろいろな情報を拾える。だからICTだけ使える人間になってはだめだと。ICTを使いこなしながら、アナログのものも活用できる子どもたちを育てていかなければいけない。 そうでないと、子どもたちはたぶんひとつの答えだけを探し求めてしまう。それは弱さでもある。 それを思いますね。

ひとつの答えにたどり着くのにいろんな考え方があるんだって

荒木: ICTだけではなくてアナログ的要素も必要だと。 それを問題解決能力と言ったりするんですかね。興味の幅を広げていく中での発想だとか。我々の研修講師たちがよく言うのは、若い世代の問題解決能力が低い、考えようとしない、と。
太田: 幅が無いのではないかと思う。 チェンジ出来ないというか、違う考え方にたどり着かない。 発想の転換が出来ない。これって言ったらこれだけ、行き詰まったらそこでストップしてしまう。さっき荒木さんが言っていたプログラミングもそこで止まってしまうというのがまさにそうで、ちがうルートを探せない人たちが多くなってきている。 真っ直ぐ行くけれども、真っ直ぐでだめだったらもうだめっていう。「あーわかんない、もういいや出来なくても」って、 誰かやるでしょみたいな、そんな感じになる子どもたちが多い気がする。でもそれを変えていかなければなと思う。だからそういう意味でプログラミング教育が大事だと言われているのは、ひとつの答えにたどり着くのにいろんな考え方があるんだって、考え方の幅を広げるために良いのかもしれない。一つしかないわけではないんですよね。
荒木: プログラミングは人によって文章の書き方が違うように、同じ結果が出ても全然書き方が違うんです。なので今回わざと発想力が必要な教材を用意してます。おそらくスクラッチ等のプログラミング言語だけの内容ですと、パターンがそんなになくて、決まったことをやるので皆同じ結果が出てくる。そうじゃないことを今回やって、違うセンスを磨きます。勉強が全く出来ない子が、すごくプログラミングセンスが良かったりすることはよくあります。もちろん勉強が出来る子はロジカルな子が多いので、良いプログラムを書く子が圧倒的に多いんですけど、でもこいつすごいなって人が出てきますから、それを見つけてあげたいなと。
太田: 勉強が出来る子はロジカルな思考力を持っている子が多いというのは、確かにそうなんだけれども、今の子どもたちの中では、記憶力が高いことが頭が良いという結果になることが多い。試験とかも結局おしえられたことをペーパーの上でどれだけ再現できるかってことで点数がついちゃう、というケースが多い。

今世の中のサービスのほとんどは
ITという領域を知らないとつくれないんです

荒木: じつは毎年、東京と大阪で業界の展示会があるんです。どんな業界かというとモノづくりの業界を支えているソフトウェアの業界です。自動車とか産業機械とかスマートフォンとか、現代の生活を支えている様々な製品に組み込まれているコンピュータの世界なんですけれども。そこで毎年なにをやっているかというと、企業が求める新入社員像と、大学が輩出している新入社員像、そこのリサーチ調査の差分報告を毎年している。毎年やっているのに全く溝が埋まらないんです。
例えば、大学はロボット学科だったら、ロボットのことだけ専門的に学んだ人を輩出したい。学術的には偏った領域のエキスパートでいいんです。それは誰のためにやっているかというと、教授のエゴみたいな感じがあったりもするのですが(笑)。では企業はどんな人が欲しいかというと、満遍なく学んでいるとか、自分から飛び込んでいろいろなことをやってきた人、どちらかというと、技術力というよりは、いろいろなことに興味を持って学んできた人が欲しい。偏った教育を受けた新入社員が多いので、私どものような会社が一般的な研修を行って、体系的に基礎学力を平準化します。割と大きなメーカーさんも小さなソフトハウスさんも同じ様なことを毎年やっているんです。
今、世の中のサービスのほとんどは、ITという領域を知らないとつくれなくなっています。例えばパスタ屋さんをオープンしようとした時に、集客や宣伝、パスタを作るノウハウや、良い看板を作ることよりも、ITの簡易システムを準備することでかなりの部分をカバーできたりする。継続的に事業をやっていくには、ITを駆使できることが重要だったりするんです。貴校の先生方も、生徒さんや職員の方の管理をされていると思うんですが、それも一つのITシステムをつくってしまえば、もしかするともっと効率良く出来るかもしれない。そういう、多方面に渡ったITの運用を今後の人たちは考えて行かなくてはならない。
太田: 教育の情報化のひとつに校務の情報化というのがあって、校務を情報化させることは、教員の事務負担を軽減させるという事。その事で子どもと一緒にいる時間を増やせる。朝、子どもたちの様子をみて元気でいるかどうかを直接感じながら迎えてあげるのと、校務で忙しく職員室で打ち合わせた後に教室に行ったのでは、子どもたちの様子が違ってくる。そんな事をこれから先、考えていかなくてはならないなと思っています。

エンベックスエデュケーションのプログラミング講座に期待する事

太田: 子どもたちが関心を持っており、今注目が集まっているプログラミング教育を、授業ではないところで専門家の方におしえていただく事で、こんな風なものなのかと新たな関心を持ってくれるのが一番の期待。その先にはプログラミング的な思考が少しでも頭の中で出来る子が一人でも二人でもいればOKかなと思っている。先ほど話した様に、考える事をしなくなっている、ちょっと分からなくなったら、「もういいっ、先生答えなに?」って、答えをおしえもらいたい子が多い。そうではなくて、色々試行錯誤をしてみてダメだと思ったら、こっちで考えてみようかなと思えるようにしたい、そういう事が大事なんだろうなと。
学習指導要領の中の、学びのプロセスを大切にしなさい、関心をもたせ問題意識をもたせて、試行錯誤の結果振り返りさせる、その中で議論があり対話があったりと、そういうことがアクティブラーニングそのものだと思うんですよね。今回のプログラミング講習は、そういうアクティブラーニングがやりやすい最適な題材のように思える。授業の一部ではないので、全校生徒全員にやらせるわけにはいかないけれど、学びのプロセスに関心を持つ子が増えてくれれば良いのかな。