林:人の成長について話す時に、私はボラティリティ(Volatility)っていう金融業界でよく使われている言葉を引き合いに出します。ボラティリティとは、価格変動の度合いを示す用語で、投機的になったりして価格変動が大きくなると、ボラティリティが大きいと使われたりします。
私は人生においても、経験のボラティリティが大きい方が学習機会が多いと思うんです。
よく間違ってしまうのが、自分の人生をなるべく高値安定させようと、収入をちょっとでも上げて、ちょっとでも安定させようというのを優秀な人はやりがちですね。
一見賢い選択なのですが、実はそうすると、本当の学習機会が少なくなるんですよね。新入社員の頃はあんなに優秀だったエリートが20年も経つと、かつての輝きがなくなってしまう理由の多くがそれが原因だと思うんです。
入社当時はすごく優秀なんだけど、良い会社に入り、素晴らしいオペレーションの中で働き、生活レベルも高値安定のところに身を浸すと、結果的に振れ幅が狭い人生になってしまう。生活品質の高いところだけを歩み続けることによって、優秀だった人が、学ぶチャンスを失って成長の機会も失ってしまうわけです。
それに対して面白い大人たちは、たとえば昔はニートだったのに、最近までは一部上場の企業で働いていて、なぜか今は給料を半分にして、スタートアップにいますとか、そういった振れ幅の高い人たちに多い気がします。そういう人たちって、一部上場企業の仕事の進め方はわかった、とか言って、惜しげもなく辞めちゃったりするわけです。
そうして振れ幅の大きさが快感になっている人は、何かある度に、おそろしいほどの学習能力を発揮します。多分、この振れ幅に対する快感って、全員が持っていると思うんです。人は全員持っているんだけども、どこか一定の、自分のキャパとして快適な範囲の振れ幅に、慣れていっちゃうんですね。だからそうやって自分が慣れ親しんでいる振れ幅以上のことをやろうとすると、急に怖くなる。
短期的に自分の身を守るためだけだったら、その振れ幅の小さい方が安全なんですけど、こと学習に関して言えば、鍛えられない。結果、長期的には自分の身をリスクに晒してしまう可能性すら秘めています。
そういう意味において、私も最初の会社を辞めるときはすごい怖かったんです。いまからすると理解できないほど怖かった。同じように、弊社に転職をしたいという人で、長年大企業に勤めてこられた人たちは、多くの場合にはとてもビビッっているわけです。
すごい来たいけど、すごい怖いし、家族のブロックもすごい・・・。当然ですよね、その人だけではなく、その人が生活を支えるコミュニティである“家庭”のメンバーにとっても、未知なる恐怖のはずです。
それはやはり、安定した生活でボラティリティの幅が狭くなっていて、“単なる転職”に対しても、なぜかハードルがやたら高く見えてしまう。過去に長年身を浸してきた生活のボラティリティの大きさ以上の変動に対する許容度が、なくなっているわけです。
でもいったん会社を出ると、“びっくりするくらい、なんてことなかった”なんていう経験談を大企業から飛び出した人々から聞く事が、私はよくあります。なんてことないどころか、新たに学ぶものが沢山ある。結果的に自分は、どこでも生きていけるという自信がつく。そうして人材の流動化が進みだすと、職場と個人のミスマッチなどにおいても変な我慢をしないで、自分が最も活躍できるところへ行けるようになる。こういった流れが広がって行くのが、日本の復活というか、もう一度輝くために必要なキーポイントなんだろうな、と思います。
ボラティリティを大きくするだけだったら、実は自分の意思決定だけで、誰でもできます。しかし自分の選択で損するかもしれないという恐怖が誰にでもあって、実際には簡単にボラティリティを大きくする選択はできません。だからこそ、損とか得とか無い、経験とそれに伴う学習機会が何より大事なんだ、というところにいけると強いんですよね。
未来のひろげ方には、偶然や運命といった要素も関係無いとは言い切れないけど、おそらくそれ以上に、自分の意思決定が大事なんだと思います。
荒木:最後に、未来につながる言葉、ありがとうございました!
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