第4回 対談|林 要 氏(後編)

人の代わりに仕事をすることよりも、
人との信頼関係を結ぶことの方に重きを置いたロボット

:新しい組み合わせって、人生においても、生活においてもすごく大事で、例えばLOVOTってloveとrobotとかけ合わせているんですけど、組み合せた瞬間に存在意義自体が新しい存在になるんですよね。
Loveは使い古された言葉で、robotも使い古された言葉なので、その各単語からだけで発想するものは、過去から今に至るまで、世界中の人が考えてきています。その時点で競争が激しい“レッドオーシャン”だと想像できます。
そこで更に上に行こうとすると、短距離走で一番になろうとするのと一緒で、天才以外にとっては、かなり辛いわけです。
それに対して、組み合わせた先に何か作ろうと思うと、其の領域を考えた事のある人は、ぐっと減ります。私どもの製品は、まぁ作るのは確かにそれほど簡単ではありませんが、それでも直感的に理解できるものなので、実際に試作品を見ていただくと皆さんに「これは、いいね」と言っていただけます。このように、組み合わせの領域だと、自分たちがそこで優位に立つのが、現実的になります。
今やろうとしているロボットは、簡単に言えば、人の代わりに仕事をすることよりも、人との信頼関係を結ぶことの方に重きを置いたロボットです。
テクノロジーが進化して、AIやロボットが人の仕事を奪っていくんじゃないか、みたいな話があります。優秀な相棒ができるのは、本当は嬉しいことなのに、信頼関係がないから、恐怖になってしまっている。テクノロジーの進化に対して、自分の未来が不安であるという人が多くいるのは、人とテクノロジーの間に十分な信頼関係が構築できていないからだと思うんです。
なので、私たちがやりたいのは、最先端のテクノロジーを人との信頼関係を結ぶためにだけに使う、という事です。信頼関係を構築した先には、結果的に私たちを支えてくださるお客様が増えるんじゃないかな、と思っています。 たとえば今は、まだ企業が情報をなるべく無料で入手して、それをビッグデータとして処理してマネタイズするというビジネスモデルが主流の中で、私たちはどちらかと言えば、どう信頼関係を結んで、その後でお客様がサービスを受けたい時に、お客様の選択として自らデータを提供して、お金も支払っていただければいいと思っています。お客様と信頼関係が築ければ、それも出来るだろうと思うんです。
そのために、ハードウェアとソフトウェアを設計しているので、他のロボットもしくはAI産業がやっている部分とかなり違なる産業領域をターゲットにしています。結果的に競合となる企業もいない状況です。すなわち、最初はマーケットがそもそもないゼロの状態からのスタートと言えます。弊社のLOVOTには生命感を宿すため、ハードウエア的にもソフトウエア的にもリッチにリソースをつぎ込んでいるので、原価もそれなりに高くなります。誰でも買える値段にしたいとは思いますが、実際にご購入いただく際には、少し勇気が必要な金額になると思います。その値付けを関係者と議論すると、人によっては無論「高い」というのですが、人によっては「安すぎるだろう」言われたりもします。そのくらい、まだ価値が定まっていない領域です。
この現代社会の中で、多くの人たちの癒しになり、「それが側にいたらいいな」と人々が願えるような、そういったものを生み出そうとしています。

荒木:いろんな記事や取材をみていると単にロボティクスの技術を世に公開していくのと全然違って、むしろ癒し産業みたいな、そういう領域なんだなと。
:幸せにいきるためには、先ほどの「より良い明日が来る事を信じられる」といったような気持ちが重要です。だからこそ、そういった明日への活力をサポートできる体験や存在を作り出せる産業が、最終的にとても大事になると思っています。あくまで快楽というよりも、明日に向かって前向きに生きるための手助けする、ヒーリングや休息の場を提供するための人の相棒をつくる、そういう狙いでやっています。
荒木:ロボットについてもう少しお伺いしますが、どんな方、たとえば世代というか、ファミリー、コンシューマ、個人なのかミドルとか、何を意識なさっていますか?
:マーケットをリサーチしてみると、ほぼ子供から大人まで強い需要があります。若干、需要が弱いところは、働き盛りの男性です。働き盛りの男性は、何が欲しいかというと、どちらかというと秘書みたいな存在で、たとえば、Google home とか Amazon EchoとかSiriとかそういった機能の進化したものです。そういう分野は、世界中のAI、ロボット会社ががんばっています。でもその領域って、むしろ私たちのような“働き盛りの男性”世代が、自ら欲しいものをつくっているという、すごい分かりやすい構図とも言えます。
荒木:なるほど、ぼくたちがほしいと思っているもの、ですね。(笑)
:新規事業の検討においてロボットやAIの話になると、働き盛りの男性達は自分たちが欲しいと思っているものぐらいしか想像力は広がらず、それがマーケットの全てだと思ってしまうのかも知れません。結果的に、世界中が同じような事をしているのに、自分たちもそれを作ろうと頑張っちゃうわけです。でも実はその働き盛りの男性以外の層が皆ほしいと言っているものがあったわけで、そこに嵌まるのがLOVOTです。でもそこって、働き盛りの男性にはなかなか企画されて来なかったわけです。楽しみにしていてください。
荒木:全然視点が違いますよね。

振れ幅が快感になっている人は、おそろしい学習能力を発揮する

:人の成長について話す時に、私はボラティリティ(Volatility)っていう金融業界でよく使われている言葉を引き合いに出します。ボラティリティとは、価格変動の度合いを示す用語で、投機的になったりして価格変動が大きくなると、ボラティリティが大きいと使われたりします。
私は人生においても、経験のボラティリティが大きい方が学習機会が多いと思うんです。
よく間違ってしまうのが、自分の人生をなるべく高値安定させようと、収入をちょっとでも上げて、ちょっとでも安定させようというのを優秀な人はやりがちですね。
一見賢い選択なのですが、実はそうすると、本当の学習機会が少なくなるんですよね。新入社員の頃はあんなに優秀だったエリートが20年も経つと、かつての輝きがなくなってしまう理由の多くがそれが原因だと思うんです。
入社当時はすごく優秀なんだけど、良い会社に入り、素晴らしいオペレーションの中で働き、生活レベルも高値安定のところに身を浸すと、結果的に振れ幅が狭い人生になってしまう。生活品質の高いところだけを歩み続けることによって、優秀だった人が、学ぶチャンスを失って成長の機会も失ってしまうわけです。
それに対して面白い大人たちは、たとえば昔はニートだったのに、最近までは一部上場の企業で働いていて、なぜか今は給料を半分にして、スタートアップにいますとか、そういった振れ幅の高い人たちに多い気がします。そういう人たちって、一部上場企業の仕事の進め方はわかった、とか言って、惜しげもなく辞めちゃったりするわけです。
そうして振れ幅の大きさが快感になっている人は、何かある度に、おそろしいほどの学習能力を発揮します。多分、この振れ幅に対する快感って、全員が持っていると思うんです。人は全員持っているんだけども、どこか一定の、自分のキャパとして快適な範囲の振れ幅に、慣れていっちゃうんですね。だからそうやって自分が慣れ親しんでいる振れ幅以上のことをやろうとすると、急に怖くなる。
短期的に自分の身を守るためだけだったら、その振れ幅の小さい方が安全なんですけど、こと学習に関して言えば、鍛えられない。結果、長期的には自分の身をリスクに晒してしまう可能性すら秘めています。
そういう意味において、私も最初の会社を辞めるときはすごい怖かったんです。いまからすると理解できないほど怖かった。同じように、弊社に転職をしたいという人で、長年大企業に勤めてこられた人たちは、多くの場合にはとてもビビッっているわけです。
すごい来たいけど、すごい怖いし、家族のブロックもすごい・・・。当然ですよね、その人だけではなく、その人が生活を支えるコミュニティである“家庭”のメンバーにとっても、未知なる恐怖のはずです。
それはやはり、安定した生活でボラティリティの幅が狭くなっていて、“単なる転職”に対しても、なぜかハードルがやたら高く見えてしまう。過去に長年身を浸してきた生活のボラティリティの大きさ以上の変動に対する許容度が、なくなっているわけです。
でもいったん会社を出ると、“びっくりするくらい、なんてことなかった”なんていう経験談を大企業から飛び出した人々から聞く事が、私はよくあります。なんてことないどころか、新たに学ぶものが沢山ある。結果的に自分は、どこでも生きていけるという自信がつく。そうして人材の流動化が進みだすと、職場と個人のミスマッチなどにおいても変な我慢をしないで、自分が最も活躍できるところへ行けるようになる。こういった流れが広がって行くのが、日本の復活というか、もう一度輝くために必要なキーポイントなんだろうな、と思います。
ボラティリティを大きくするだけだったら、実は自分の意思決定だけで、誰でもできます。しかし自分の選択で損するかもしれないという恐怖が誰にでもあって、実際には簡単にボラティリティを大きくする選択はできません。だからこそ、損とか得とか無い、経験とそれに伴う学習機会が何より大事なんだ、というところにいけると強いんですよね。
未来のひろげ方には、偶然や運命といった要素も関係無いとは言い切れないけど、おそらくそれ以上に、自分の意思決定が大事なんだと思います。
荒木:最後に、未来につながる言葉、ありがとうございました!

■GROOVE X
 代表 取締役 林 要(はやし かなめ)氏 略歴


1973年 愛知県生まれ
1998年 トヨタ自動車にてキャリアスタート
スーパーカー“LFA”等の空力 (エアロダイナミクス) 開発
2003年 同社 F1(Formula 1)の空力開発
2004年 Toyota Motorsports GmbH (ドイツ)にて F1の空力開発
2007年 トヨタ自動車 製品企画部 (Z)にて量産車開発 マネジメント
2011年 孫正義後継者育成プログラム
「ソフトバンクアカデミ」外部第一期生
2012年 ソフトバンク 感情認識パーソナルロボット 「Pepper(ペッパー)」のプロジェクトメンバー
2015年 GROOVE X 創業 、代表取締役 就任
2016年 シードラウンとして国内最大級なる 14億円の 資金調達完了
2017年 シリーズAラウンドにて 43億 5千万円の資金調達完了